コラム

COLUMN

学習や資格試験の形骸化——「目的なき努力」が生む教育の危機

学習の心構え

形骸化とは何か

近年、日本の教育現場では「学ぶこと」や「資格を取ること」そのものが目的化し、本来の意義を見失う傾向が強まっている。これがいわゆる学習や資格試験の形骸化である。
本来、資格は「能力を証明する手段」であり、学習は「知識や技術を通じて世界をより深く理解するための行為」であるはずだ。だが現実には、「合格すること」や「点数を取ること」だけが価値とされる構造が定着している。

なぜ形骸化が起きるのか

形骸化の背景には、次のような社会的要因がある。

  • 評価社会の圧力:入試や就職のために資格が“通貨”のように扱われ、プロセスより結果が優先される。
  • 教育産業の商業化:スコアアップを保証する教材や講座が氾濫し、「思考力」より「攻略法」が重視される。
  • 学習者の目的喪失:なぜ学ぶのか、何を実現したいのかという問いを持たないまま、他者基準の“正解”を追い続ける。

こうした環境では、学ぶ行為が「自分を変えるための知的冒険」ではなく、「点を取るための反復作業」に変わってしまう。

資格の信頼が揺らぐ時代

AIや自動化の進展によって、従来の知識量だけでは職業能力を測れなくなった。
たとえば英語試験で高得点を取っても、実際のビジネス現場で意見を交わす力が伴わないケースは珍しくない。
つまり、資格の「証明力」そのものが低下し始めているのである。
求められるのは「テストで測れない力」——自ら考え、問い、創造し、他者と協働する力だ。

真の学びを取り戻すには

形骸化を防ぐには、学びの出発点を「他人の評価」から「自分の成長」へと戻す必要がある。
具体的には次の3つが重要だ。

  1. 内発的動機を育てる
    「合格のため」ではなく、「なぜその知識を身につけたいのか」を言語化する。
  2. 探究と応用を重視する
    知識を得たら、現実の問題や自分の課題にどう活かせるかを考える。
  3. 失敗を価値化する
    点数では測れない学び——試行錯誤や葛藤のプロセスを評価の対象にする。

結論:資格を“手段”に戻す時代へ

学びや資格は、社会的信用を得るための「道具」にすぎない。
その“道具”をどう使い、何を実現するかは個人の意思次第である。
もし目的と手段が逆転すれば、どんな努力も空回りする。
今こそ、「何のために学ぶのか」という原点に立ち返ることが、教育の再生に欠かせない。